このページの要点
- 店は使用者責任(民法715条)を問われ得る。トレーナーへの求償は信義則上の限度に制限されることがある。
- 施設賠償責任保険の被保険者・補償範囲に、業務委託トレーナーの指導中の事故が含まれるかを保険証券で確かめる。
- トレーナーに保険を求めるなら補償内容の基準だけを定め、特定の商品を指定しない。
- 出張サービスでは、賠償の上限(故意・重過失を除く)・最終負担の分け方・事故の手順・指示の経路を契約で決める。
結論:お客様は店に請求する。免責条項より、保険の補償範囲の確認が先
トレーナーの指導中や施術中にお客様がけがをすれば、お客様は通常、契約の相手方である店に、債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為を理由に損害賠償を請求します。トレーナーが業務委託であっても、店が店舗の運営の中で事実上トレーナーを指揮監督していれば、使用者責任(民法715条1項:ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う)を問われ得ます。
つまり、事故の損害は店に集まる構造になっています。顧客向けの規約に「一切責任を負いません」と書いても、その条項は消費者契約法で無効です(けが・同意書と免責)。実際の備えは、店の保険が何を補償するかを確かめ、トレーナーとの責任の分担を契約で決めておくことです。
お客様の損害賠償の請求権は、人の生命・身体の侵害によるものであれば、債務不履行として請求する場合は権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から20年(民法166条1項・167条)、不法行為として請求する場合は損害と加害者を知った時から5年・不法行為の時から20年(同法724条・724条の2)で時効により消滅します。事故の記録や保険会社とのやり取りの記録は、この期間を目安に残しておくと、後から請求を受けたときに事実を確かめられます(事故の記録の保存)。
トレーナーへの求償は限られる
店が使用者責任に基づいてお客様に賠償した場合、トレーナーに求償すること自体はできます(民法715条3項)。ただし、使用者から被用者への求償は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されるとした最高裁判決(昭和51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁)があり、反対に、被用者が賠償した場合に使用者に求償する(いわゆる逆求償)ことを認めた最高裁判決(令和2年2月28日第二小法廷判決・民集74巻2号106頁)もあります。「事故の損害はすべてトレーナーに負担させる」という契約の定めを置いても、その通りに回収できるとは限りません。
業務委託のトレーナーに求める賠償の範囲を「故意又は重大な過失」に限るか、「過失」まで含めるかは、こうした求償の考え方も踏まえて決める事項です。ピラティススタジオの当初版の一つは、インストラクターが故意又は重大な過失でお客様などに損害を与えた場合に、店が負担した賠償金・慰謝料・弁護士費用などを含めて賠償する、過失による設備の損傷は修繕の実費、軽微な損傷や不可抗力は協議、としていました。同じ当初版は、インストラクター賠償責任保険への加入が望ましいとし、店が合理的な理由で求めた場合は協議する、としていました。
店の保険と、トレーナー個人の保険は「被保険者」が違う
業務委託のトレーナーを抱えるパーソナルジムの案件の依頼者原案は、トレーナーに賠償責任保険への加入を推奨するが一律の義務は課さない、店は施設の保険などによる委託トレーナーの行為の補償範囲を確認し情報を共有する、店は賠償の請求額を報酬から一方的に控除しない、としていました。事務所は、お客様の事故の損害は店に集中する構造であること、施設賠償責任保険の被保険者・補償範囲に業務委託トレーナーの指導中の事故が含まれるか(被保険者が従業員に限られていないか)を保険証券で確認すること、トレーナーに加入を求めるなら特定の保険会社・商品を指定せず補償内容の基準だけを定めることを指摘しました。店が特定業務委託事業者なら、正当な理由なく自己の指定する役務を強制して利用させることは、フリーランス法5条1項5号との関係で問題になり得るからです。
回答では、施設賠償責任保険は業務委託トレーナーの事故も補償の対象に含むとのことで、補償限度額と保険証券上の位置づけの確認をお願いしました。改訂後のガイドラインには、店はセッションに起因する事故を補償の対象に含む施設賠償責任保険に加入していること、トレーナー自身の負傷に備える傷害保険や労災保険の特別加入、第三者への損害に備える賠償責任保険への加入は任意であることを書いています。店がお客様に賠償した分をトレーナーに負担してもらう場合も、額に争いのあるものを報酬から一方的に差し引かず、合意や判決で確定した額に限って相殺できる形にしました(トレーナー報酬と相殺)。
スタジオやジムが業務委託のインストラクターの事故に備えるときも、「インストラクター個人の保険」と「店(法人)の保険」は被保険者が違う、という点から確認を始めます。
トレーナー自身のけがと、自主トレーニング
業務委託のトレーナーには、労働者を前提とする労災保険は適用されません。2024年11月1日から、フリーランス法の特定受託事業者が業務委託事業者から業務委託を受けて行う事業が、労災保険の特別加入の対象に加わっています(労働者災害補償保険法施行規則46条の17第12号)。厚生労働省のリーフレットによれば、加入は「特定フリーランス事業」の特別加入団体を通じて、加入申請書等を所轄の労働基準監督署長を経由して都道府県労働局長に提出して行い、年間の保険料は、本人が16段階から選ぶ給付基礎日額に365を乗じた額に、保険料率1,000分の3を乗じて計算します。スポーツジムなどの企業等から業務委託を受けるインストラクターは対象になる一方、消費者からだけ委託を受けるパーソナルトレーナーは対象になりません。トレーナーにこの制度を案内しておくと、トレーナー自身のけがをめぐって店に請求が向かう場面を減らせます。
パーソナルジムの依頼者原案のガイドラインは、予約のない時間にトレーナーが自主トレーニングのために店の設備・器具を使うことを認めていましたが、事故の扱いは書かれていませんでした。事務所は、自主的な利用は業務ではないこと、利用中の事故はトレーナーの責任であること(設備の不具合による場合を除く)、同伴者の利用は店の了承を条件にすることを指摘しました。無償の利用の許可は、報酬以外の経済的な利益として、事業組織への組入れの事情に挙げられる可能性もあります(業務委託と労働者性)。
条文例
トレーナー業務ガイドライン 第◯項(設備の自主利用)
1トレーナーは、予約のない時間帯に、会社の了承を得て、トレーニングのために店舗の設備及び器具を利用することができる。この利用は、本業務には当たらない。
2前項の利用中にトレーナー本人に生じたけが等は、トレーナーの責任で対応する。ただし、店舗の設備の不具合が原因である場合は、この限りでない。
3トレーナーは、利用中に設備の破損又は異常を見つけたときは、速やかに会社に報告する。家族・知人その他の同伴者の利用は、会社の了承を得た場合に限る。
改訂版のガイドラインの内容を条文例の形にしたものです。
店舗の鍵や、カルテを入れたタブレットのパスコード・保管場所も、設備の管理の一部です。この案件ではトレーナーが店舗の施錠を担当していたため、鍵の受渡し・紛失時の連絡・契約終了時の返却をあわせて整理しました。これらは個人データの物理的な安全管理措置にもつながります(カルテ・健康情報)。
条文例
トレーナー業務ガイドライン 第◯項(事故・体調不良時の対応)
1トレーナーは、セッション中に顧客のけが、体調不良その他の事故が生じたときは、直ちにセッションを中止し、救護を行い、必要に応じて救急又は警察に連絡する。
2トレーナーは、前項の対応の後、速やかに会社に報告し、発生の日時、状況及び対応の経過を記録する。事故又はミスを隠してはならない。
3顧客への賠償及び保険の手続は会社が行う。トレーナーは、顧客に対し、会社の定めと異なる補償を約束しない。
4設備の故障を見つけたときは、その設備の使用を止め、速やかに会社に報告する。
パーソナルジムの運営会社の案件で、改訂版のガイドラインに置いた一次対応の内容を条文例の形にしたものです。賠償の約束をトレーナーに任せないことで、店の保険の手続と食い違う約束が生まれるのを防ぎます(トレーナーの権限の範囲)。
スタジオとインストラクターの責任分担を「誰が・どの保険で・どこまで」で書く
ピラティススタジオの当初版の一つは、事故などは発生原因と過失の有無・程度に応じて各自の責任と負担で処理し、双方に過失があれば過失割合で分担する、店とインストラクターが業務に関する保険に加入していないことを相互に確認する、インストラクターは自己の判断で適切な保険に加入するよう努める、設備の通常の損耗は店の負担・故意又は重大な過失による損害はインストラクターの負担、私物の管理はインストラクターの責任、損害賠償は通常かつ直接の損害に限り上限は過去6か月の報酬の総額(故意・重過失を除く)、としていました。
| 項目 | 決めること | 注意点 |
|---|---|---|
| 店の保険 | 施設賠償責任保険の加入と、業務委託のインストラクターの指導中の事故が補償の対象か | 保険に入っていないことを相互に確認するだけでは、お客様の事故の損害は結局スタジオに来る。 |
| インストラクターの保険 | 加入を求めるか、求めるなら補償内容の基準 | 特定の保険会社・商品を指定しない。 |
| インストラクターの賠償の範囲 | 故意・重過失に限るか、過失まで含めるか、上限 | 使用者責任の場合の求償の制限も踏まえる。 |
| 設備の損傷 | 通常の損耗、過失による損傷、故意・重過失による損傷の負担 | 修繕の実費か、時価か、協議か。 |
| 事故時の手順 | 救護、救急への連絡、店への報告、記録、保険会社への通知 | 誰が・いつまでに行うかを書く。 |
FC本部の契約書では、事業に使う器具・設備を月1回以上点検して記録を保存し、不具合を見つけたら利用者の安全が確保されるまで使用を中止する、と定めました。器具を多く使うスタジオでは、点検の頻度と記録、使用中止の判断をする人を決めておくことが、事故の予防と、事故の際の説明の両方に役立ちます。
FC・複数店舗の安全管理と保険
特定の競技に特化したパーソナルジムのFC本部からは、保険はトレーナーそれぞれに任意で加入してもらう予定で、店舗が増えれば本部で用意したい、という回答がありました。事務所は、施設賠償責任保険や受託者賠償責任保険は、店舗の施設と役務の提供に伴う損害(利用者の転倒・けがなど)の保険で、トレーナー個人の保険とは対象が違うため、加盟店の加入義務は維持すること、トレーナー個人の保険の加入は加盟店とトレーナーの契約で定めるべき事項としてFC契約には書かないこと、将来本部が団体保険を用意するなら保険料の負担と適用範囲を標準支援の一つとして追加できることを提案しました。改訂後のFC契約書では、加盟店は施設賠償責任保険及び受託者賠償責任保険又はこれらに相当する保険に加入し、加入を証する書類を本部に提出すると定めています。あわせて、事故の記録を保存し、保険会社への通知と保険金の請求の手続を加盟店が行うこと、本部は事故報告書を確認して必要に応じて追加の指導・研修を行うことも定めました。トレーナー個人の保険は、加盟店がトレーナーとの契約のひな形を整える際に、委託の条件とするかどうかを検討する事項としています。
事務所の書類での改訂 FC本部の品質管理と、重大な危険への対応
品質の確認と改善
理由軽微な不備と重大な危険を分け、危険なメニューだけを止める権限を本部に持たせます。
品質確認の費用
理由本部が必要とする確認を、加盟店の任意の申込みだけに頼らせないためです(フランチャイズ契約)。
出張・法人向けサービス:賠償の上限、最終負担の分け方、指示の経路
企業の事業所で理学療法士・作業療法士がコンディショニングを行うサービスの案件では、依頼者のたたき台が、責任については「法令および損害の発生原因に従って責任を負う」(民法の原則を述べただけで上限なし)とし、更新は「自動更新とする」のみ、料金の不払いに対する解除の要件は受託者に重い、という状態でした。事務所は、契約書の作成のご提案の段階で、提案書に次の設計を示しました。
- 賠償の範囲と上限:通常かつ直接の損害に限り、上限を設ける場合は故意・重大な過失の場合を除く。宿泊約款の賠償額の制限の定めについて、ホテル側に故意又は重大な過失がある場合に制限されるとすることは「著しく衡平を害するものであって、当事者の通常の意思に合致しない」として、その場合には適用されないとした最高裁平成15年2月28日第二小法廷判決(集民209号143頁)を踏まえたものです。
- 利用者からの請求への備え:利用者(従業員)は契約の当事者ではないため、事業者間で上限を定めても、利用者本人の請求は妨げられない。そのうえで、事故が施術に起因するか、導入企業の施設・設備に起因するかで、最終的な負担を分けておく。
- 利用者の申告と事故の手順:利用者の申告や中止の指示に従わなかったことによる損害の扱いを決め、事故の際は中止→救護→導入企業への連絡→記録→報告と保険会社への通知、という順序を契約に置く。
施設を借りて教えるインストラクター(レンタルスタジオ、公民館、企業の会議室など)が、施設側の設備に起因する事故と自分の指導に起因する事故を分けて負担する場合にも、同じ考え方が使えます。事業者どうしの契約なので消費者契約法8条は適用されませんが、上限の定めから故意・重大な過失の場合を除いておくのは、消費者向けの規約と同じです(免責条項の書き方)。
もう一つは、導入企業の担当者が事業者のスタッフに直接業務の指示をしない形にすることです。業務の遂行方法の指示・労務管理・配置は事業者が自ら行い、導入企業からの要望は事業者の責任者を通じて伝える、という設計を提案書で示しました。導入企業が直接指示する運用は、労働者派遣と請負の区分の基準(昭和61年労働省告示第37号)との関係で問題になり得るからです。企業・ホテル・フィットネスクラブにトレーナーを送る形の契約では、施設の利用上の案内と、業務の遂行方法の指示を分けて書いておきます。
ヒヤリングの問いと理由 事故・保険への備えの確認
- 店の施設賠償責任保険の被保険者は誰ですか。業務委託のトレーナーの指導中の事故は対象ですか。保険証券で確かめます。対象外なら、補償の範囲を広げるか、トレーナー側の保険の基準を定めます。
- トレーナーに保険の加入を求めていますか。特定の商品を指定していますか。求めるなら補償内容の基準だけを定めます。
- お客様に賠償した分を、トレーナーに負担してもらうことはありますか。賠償の範囲(故意・重過失に限るか)と、報酬から差し引く場合の条件(確定した額に限る)を書きます。
- トレーナーの自主トレーニングや家族の同伴を認めていますか。業務に当たらないこと、事故の責任、同伴の条件を書きます。
- 器具・設備の点検は、誰が、どの頻度で行い、記録していますか。不具合のときの使用中止の判断者も決めます。
- 事故の記録や保険会社とのやり取りの記録は、いつまで保存しますか。請求の時効の期間(損害と加害者を知った時から5年、不法行為の時から20年)を目安に決めます。
- 出張先や借りた施設で教えることはありますか。施設側の設備起因の事故と指導起因の事故の負担を分ける定めを契約に書きます。
よくあるご質問
業務委託トレーナーの指導中にお客様がけがをしたら、誰が責任を負いますか?
お客様は通常、契約の相手方である店に請求します。店が事実上トレーナーを指揮監督していれば使用者責任も問われ得ます。店からトレーナーへの求償はできますが、信義則上相当な限度に制限されることがあるため、店の保険の補償範囲の確認が実際の備えになります。
店の保険は業務委託のトレーナーにも使えますか?
保険の内容しだいです。施設賠償責任保険の被保険者が従業員に限られていないか、業務委託トレーナーの指導中の事故が補償の対象に含まれるかを、保険証券で確認します。
トレーナーに賠償責任保険への加入を義務付けてもよいですか?
義務付けること自体はできますが、特定の保険会社や商品を指定せず、補償内容の基準だけを定める形にします。店が特定業務委託事業者なら、正当な理由なく指定する役務の利用を強制することは、フリーランス法5条1項5号との関係で問題になり得ます。
トレーナーが店の器具で自主トレ中にけがをしたら?
あらかじめ、自主的な利用は業務ではないこと、利用中のけがはトレーナーの責任で対応すること(店の設備の不具合が原因の場合を除く)を決めておきます。トレーナー自身のけがに備えて、労災保険の特別加入の制度を案内しておくのも有効です。
企業向けの出張サービスで事故が起きたときの責任分担は?
利用者は契約の当事者ではないため、事業者間で賠償の上限を定めても利用者本人の請求は妨げられません。事業者と導入企業の間では、施術に起因するか施設・設備に起因するかで最終的な負担を分ける定めと、事故の際の連絡・記録の手順を決めておきます。
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本ページは一般的な情報提供です。法令の解釈や行政の運用は、個別の事情や今後の改正・通知によって異なることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきたパーソナルジム・整体院の顧客向け契約書と回数券の契約書、ピラティススタジオのインストラクター業務委託契約書、トレーナー業務委託契約書と業務ガイドライン、出張コンディショニングの業務委託契約の提案書、ジム向けシステムの利用規約・プライバシーポリシー、パーソナルジムのフランチャイズ加盟契約書などを、個別の事業者が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月15日)。参考: e-Gov法令検索 / 特定商取引法ガイド(消費者庁) / 国民生活センター / フリーランス法特設サイト(公正取引委員会) / 個人情報保護委員会