このページの要点
- 「個別に積極的な勧誘」ではなく「トレーナーの側から個別に連絡を取って取引を勧める」という客観的な行為を禁止する。
- 地域・期間の一律の禁止と定額の違約金は、民法90条や独占禁止法の観点から審査を受けやすい。
- 以前の誓約書は別紙で特定し、存続させる項目と終了させる項目を分ける。
- お客様との交際は、全面禁止と容認の間に申告・相談の手順を置く。
結論:制限は「顧客情報の利用を防ぐ」目的に直結させ、書面どうしを食い違わせない
パーソナルジムやピラティススタジオのお客様は、店よりもトレーナー個人に付く傾向が強くあります。独立したトレーナーがSNSで「独立しました」と告知し、それを見たお客様が申し込む。事務所が扱った案件でも、これが最も多い形として想定されていました。
契約が終わった後の競業の禁止や顧客の勧誘の禁止は、制限の目的・期間・地域・対象が合理的な範囲を超えると、公序良俗(民法90条)に反して無効とされたり、独占禁止法上の問題(優越的地位の濫用など)になったりし得ます。公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会報告書」(平成30年)も、発注者がフリーランスに課す秘密保持義務や競業避止義務が、目的に照らして必要な範囲を超える場合の問題を指摘しています。
| 制限 | 説明のしやすさ | 理由 |
|---|---|---|
| 終了前に担当した顧客に、一定期間、トレーナーの側から個別に連絡を取ることの禁止(手段を問わない) | 説明しやすい | 顧客情報の利用を防ぐ目的に直結している。 |
| 顧客リスト・LINEの友だち登録の終了時の削除と、削除の確認 | 説明しやすい | 情報の持ち出しそのものを防ぐ。 |
| 顧客との連絡を店の公式アカウントに限る運用 | 説明しやすい | そもそも連絡先がトレーナー個人に渡らない。 |
| 一定の地域での開業・他のジムでの就業の一律禁止 | 審査を受けやすい | 顧客情報の保護を超えて、トレーナーの職業選択そのものを制限する。 |
| 顧客が自らトレーナーを探して申し込むことまで禁止 | 審査を受けやすい | お客様の選択まで縛ることになる。 |
| 違反1件につき定額の違約金 | 審査を受けやすい | 損害との対応を説明しにくい。 |
終了後の勧誘の禁止は「客観的な行為」で書く
業務委託のトレーナーを抱えるパーソナルジムの案件の依頼者原案は、契約終了後6か月間、終了前6か月以内に直接担当したお客様に対し、取引を移転させる目的で「個別に積極的な勧誘」をしない、不特定多数への通常の広告・お客様の自発的な申込み・一般的な就職や開業は対象外、地域による一律の就職・開業の制限は設けない、と定めていました。地域の一律の制限を置かない姿勢は適切でしたが、事務所は二つの点を指摘しました。
- 「個別に積極的な勧誘」だけを禁止すると、店が違反を主張するには、特定のお客様に個別に勧誘したことを立証しなければならず、禁止の範囲として狭すぎる。
- 個人のLINEでお客様と連絡していれば、連絡先と履歴がトレーナーの手元に残る。
回答で、お客様とのLINEは店の公式アカウントで行っていることが分かり、連絡先が流出する懸念は大きく後退しました。改訂版では、禁止の対象を客観的な行為に置き換えています。
条文例
トレーナー業務委託契約書 第◯条(顧客の勧誘の禁止)
1乙は、本契約の終了の日から6か月間、本契約の終了前6か月以内に乙がセッションを担当した顧客に対し、乙の側から個別に連絡(その手段を問いません。)を取り、乙自身又は第三者との取引を勧めてはなりません。
2前項の規定は、不特定多数の者に対する通常の広告、及び乙からの個別の連絡によらずに顧客が自ら乙に申し込んだ場合には、適用しません。ただし、乙が甲の秘密情報を用いた場合は、この限りではありません。
3乙は、顧客との連絡を、甲の公式アカウントによって行います。
改訂版の内容を条文例の形にしたものです(甲=店、乙=トレーナー)。「積極的な勧誘」という評価の言葉ではなく、「乙の側から個別に連絡を取って取引を勧める」という客観的な行為を対象にしています。
第2項のただし書き(秘密情報を用いた場合を除く)にも意味があります。お客様が自ら申し込んだように見えても、トレーナーが店の顧客リストや、在任中に知ったお客様の予定・身体の状態などの情報を使って働きかけていた場合には、対象外にならないことをはっきりさせるためです。広告やお客様の自発的な申込みを自由にしておく一方で、店の情報を使った移転だけは止める、という線引きです。
お客様との連絡を公式アカウントに限る運用は、この条項と一体で効きます。連絡先がトレーナー個人に渡っていなければ、終了後に個別に連絡する手段そのものがありません(トレーナーの私物端末とLINE)。
誓約書と契約書が食い違うと、店自身の書面どうしが対立する
同じ案件では、追加資料で、トレーナーが以前に差し入れていた誓約書が見つかりました。「在職中および退職後2年間」、お客様の勧誘・スタッフの引抜き・店舗から3km圏内での同種の事業の自営・他社への従事を禁止し、店の許可なくお客様と私的な連絡(SNSのDM・個人LINEなど)や施設外での会合をすることも禁止し、逸失利益・調査費用・弁護士費用を含む損害の賠償を定めたものです。宛名は代表者個人で、「甲」の定義もありませんでした。
新しい契約書の別紙は「従前の契約の競業制限及び定額賠償条項を重ねて適用しない」としていましたが、誓約書が「従前の契約」に含まれるかは書かれていませんでした。このままでは、契約終了後に近くで開業したトレーナーに店が誓約書(2年・3km)で請求し、トレーナーが新しい契約書(地域の制限なし)で争う、という形で、店自身が作った二つの書面が対立します。2年・3kmの一律の制限は、公序良俗や独占禁止法の観点から有効性に疑問がありました。誓約書の「在職中」の3kmの制限は、「他のジムでの活動に制限はない」という回答とも矛盾し、専属性の材料にもなります。お客様との私的な接触の全面禁止(誓約書)と、ガイドラインの「交際を一律に禁止しない」も正反対でした。
事務所の書類での改訂 誓約書と新しい契約書の関係
誓約書の位置づけ
理由二つの書面のどちらが効くかで争う余地をなくします。
スタッフの引抜き
理由誓約書を整理すると、そこにしかなかった定めも一緒に消えます。
競業避止の三つの型を比べる
同じ「スタジオ・ジムの業務委託」でも、競業避止の幅はさまざまです。事務所が扱った書類(ピラティススタジオの当初版二つと、パーソナルジムのAIドラフト)を並べると、次のようになります。
| 型 | 内容 | 見方 |
|---|---|---|
| 在任中のみの地域制限 | 有効期間中に限り、スタジオから一定の半径の圏内の他のスタジオ・フィットネスクラブでのレッスン提供を禁止(店の承諾があれば可、知人・親族への非営利の指導などは承諾で除外)。終了後の競業避止は特段の定めがない限り適用しない。(ピラティススタジオの当初版) | 終了後は制限しない。ただし在任中の他のスタジオでの活動の制限は、専属性として労働者性の材料にもなり得る。 |
| 顧客の勧誘の禁止+在任中の同種業務の制限 | 契約期間中と終了後6か月間、業務を通じて知り得た顧客への直接の勧誘・取引の誘引を禁止。契約期間中は第三者のための同種のピラティス指導をしない(承諾で可)。「職業選択の自由を不当に制限することのないよう合理的な範囲で解釈」と明記。(別のスタジオの当初版) | 対象の顧客を「業務を通じて知り得た顧客」に限る書き方、職業選択の自由への配慮を明記する書き方の例。 |
| 地域と期間の一律禁止+違約金 | 契約期間中と終了後1年間、施設を中心とする一定の半径の圏内で、パーソナルトレーニング事業その他関連業務を自ら又は第三者のために行わない。競合業務に「実質的に甲の営業と競合する行為と甲が合理的に判断する一切の行為」を含め、違反時は損害の立証を要せず違約金を請求でき、異議を述べない。(パーソナルジムのAIドラフト) | 顧客情報の保護を超えた一律の制限で、店の判断で対象が広がる。民法90条などの審査を受けやすい。 |
物差しは、顧客情報の利用を防ぐ目的に直結しているかどうかです。
ピラティススタジオの秘密保持契約の当初版のように、定額の違約金と損害賠償を併用する設計もあります。違約金の額は依頼者が決める事項ですが、一般論として、業務委託のインストラクターに高額の定額の違約金を課すなら、民法90条や、店が特定業務委託事業者の場合の取引の公正さの観点から、説明できる額かどうかを考えておく必要があります。
お客様との私的な交際
パーソナルジムの依頼者原案のガイドラインは、「成人同士の私的な交際自体を一律に禁止するものではない」としつつ、顧客情報や業務上の関係を利用した勧誘、執拗な連絡、交際の強要などを禁止していました。事務所は、「一律に禁止しない」という書き方は容認と読まれること、担当するお客様との交際のもつれはハラスメントの申告やトラブルに発展しやすく、店がお客様との契約上の責任や使用者責任(民法715条)を問われる場面につながることを指摘し、少なくとも担当するお客様との交際は店に申告し、担当を変えるといったルールを提案しました。
回答では、交際を把握した事例はないとのことでした。改訂後のガイドラインでは、交際そのものは禁止しないが、顧客情報や業務上の関係を利用した私的な勧誘、執ような連絡、交際の強要その他の運営やお客様への対応に悪影響を及ぼす行為を禁止しています。担当するお客様との関係は、申告・相談の仕組みに乗せる形をお勧めしました。全面禁止と容認の間に、店が状況を把握し、担当を調整できる手順を置いておくことが、お客様とトレーナーの双方を守ります。ハラスメントの申告があったときに調査の間業務を止める場合の報酬の扱いは、トレーナー報酬のページで紹介しています。
条文例
トレーナー業務ガイドライン 第◯項(顧客との私的な関係)
1トレーナーは、顧客情報又は業務上の関係を利用して顧客を私的に勧誘し、顧客に執ように連絡し、又は顧客に交際を強要してはならない。その他店舗の運営又は顧客への対応に悪影響を及ぼす行為をしてはならない。
2トレーナーは、自らが担当する顧客と私的な交際をすることとなったときは、会社に申し出る。会社は、トレーナー及び顧客と相談のうえ、担当の変更その他必要な対応を行う。
3前項の申出の内容は、必要な範囲の者以外に開示しない。
第1項は改訂版のガイドラインの内容、第2項・第3項は申告・相談の仕組みを一般的な条文例の形にしたものです。担当を変えられるトレーナーが他にいない少人数の店では、第2項の「必要な対応」の中身(予約の取り方、店の責任者の同席など)を別に決めておきます。
FC加盟店の競業と、テリトリーの書き方
FC本部と加盟店の間でも、競業とテリトリーは中心的な論点です。特定の競技に特化したパーソナルジムのFC本部のひな型(AIで作成されたもの)は、契約終了後の一定期間、広い一定の地域で、本部の知的財産を活用した事業又は「類似する事業」を禁止していました。事務所は、一般的なトレーニングの技能まで制限し得ること、実際の商圏、提供した非公知のノウハウ、投資の回収、加盟店の既存の事業を確認したうえで必要性と拘束の程度を検討すべきこと、期間を短くしても当然に有効とはいえないこと、その期間・地域であれば有効と判断できる一般的な基準はないことを指摘しました。
事務所の書類での改訂 FC契約の競業避止
対象の行為・地域・期間
理由守るべきもの(非公知のノウハウとブランド)に直結させます。
既存の事業・トレーナーの転職
理由本部とトレーナーの間に直接の契約がなければ、トレーナーの行動は加盟店とトレーナーの契約で手当てします。
テリトリー(商圏の保護)の書き方も対照的でした。三点契約のFC加盟契約の依頼者原案は、加盟店の所在地から一定の半径の圏内に新たな直営店・他の加盟店を新設しないよう努めるとしたうえで、加盟店の月間売上が連続3か月以上一定額に満たない、30日以上営業を中断した、義務違反の是正指導に応じない、本部が営業方針の変更・戦略上の理由などで必要と合理的に判断した、のいずれかの場合は保護の義務を負わず、それによる加盟店の逸失利益や顧客の流出に責任を負わない、としていました。FC本部のレビューでは、地域の権利は「誰のどの出店を制限するか」を明記すること(中心の地点、直線距離か道路距離か、移転のときの再設定、例外とする既存店・直営店の別紙での特定、他の加盟店との重複、権利の停止の事由と是正後の復活)、本部が需要の超過を認定しただけで権利を縮小できるようにせず書面の合意を条件にすること、オンライン・出張のセッションの扱いも明記することを指摘しています。地域の権利は契約上の独占の地域であって、商標の専用使用権が当然に設定されるわけではありません(フランチャイズ契約)。
三点契約のFC加盟契約の依頼者原案も、契約終了後の一定期間・一定の半径の範囲で、パーソナルトレーニングやボディメイク、エステティックなどの同種・類似の事業を禁止し、違反には定額の違約金又は実際の損害を請求できるとしていました。FC本部のレビューでは、競業避止を説明できる形にするには、対象の行為を秘密のノウハウの不正な利用やブランドとの混同に具体化して一般的な技能や既存の事業と区別すること、地域は実際の顧客の商圏で確認すること、期間は保護に必要な長さを説明できるようにすること、本部の重大な不履行や廃業などで契約が終わった場合には適用しないことも検討すべきことを指摘しています。地域や期間を広げるほど、職業選択の自由との関係で合理性が問われやすくなります。
ヒヤリングの問いと理由 引抜き・競業避止の条項を作る前の確認
- お客様との連絡は、店の公式アカウントですか、トレーナー個人の連絡先ですか。公式アカウントに限る運用にできれば、終了後の個別の連絡そのものを防げます。
- トレーナーが以前に差し入れた誓約書や、試用期間の契約はありますか。新しい契約書との関係(存続させる項目と終了させる項目)を別紙で特定します。
- 守りたいものは何ですか(顧客情報・独自のノウハウ・ブランド・他のスタッフ)。守りたいものに直結した制限に絞ります。
- 他のトレーナーやスタッフの引抜きを禁止したいですか。どの書面に置くかを決めます。誓約書を整理するときは特に注意します。
- 担当するお客様との交際について、どんなルールにしますか。全面禁止と容認の間に、申告・相談の手順を置くかを決めます。
よくあるご質問
辞めたトレーナーが近くで開業し、お客様が移ってしまいました。止められますか?
開業そのものを止めることは難しいのが通常です。終了前に担当したお客様に、トレーナーの側から個別に連絡を取って取引を勧めることを一定期間禁止する、という条項があれば、その違反を問題にできます。お客様との連絡を店の公式アカウントに限る運用と組み合わせておくことが予防になります。
業務委託のトレーナーに「退職後2年間、3km以内で開業禁止」と約束させても有効ですか?
顧客情報の保護を超えた地域と期間の一律の制限は、公序良俗や独占禁止法の観点から有効性に疑問が生じます。また「退職」「在職中」といった雇用の言葉の誓約書は、労働者性の材料にもなり得ます。制限は、顧客情報の利用を防ぐ目的に直結した内容に絞ります。
お客様との連絡をトレーナー個人のLINEでさせてもよいですか?
連絡先と履歴がトレーナー個人に残り、契約終了後の勧誘や健康情報の漏えいの原因になります。店名義の公式アカウントで連絡する運用にし、業務委託契約にもその旨を書いておくのが安全です。
トレーナーとお客様の交際は禁止できますか?
全面禁止にするかどうかは店の判断ですが、「一律に禁止しない」とだけ書くと容認と読まれます。顧客情報や業務上の関係を利用した勧誘・執ような連絡・強要を禁止し、担当するお客様との関係は店に申告・相談して担当を調整する、という手順を置く方法があります。
他のトレーナーを引き抜かれないようにするには?
スタッフの引抜きの禁止を、業務委託契約書の条項として置きます。以前の誓約書にだけ書いてある場合、誓約書を整理すると一緒に消えてしまうので、新しい契約書の側に移しておきます。
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